山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。

夏目漱石 「草枕」より

夏目漱石と那古井館

夏目金之助(漱石)が第五高等学校(現熊本大学)の
教授として赴任して来た明治29年の暮れ、
熊本で初めての新年を迎えるために漱石の妻鏡子が作ったおせち料理を、
当時下宿していた書生達が年始客が来る前に食べてしまい、
漱石と鏡子は喧嘩になってしまいます。


これに懲りた漱石は、
翌年明治30年の暮れから同僚と二人で、
当時、熊本市内から一番近かった小天温泉を訪れ、
前田家の離れに宿泊し、
二度目の正月をゆっくりと過ごしました。


この小天温泉への旅を題材に明治39年(1906)に発表されたのが
小説「草枕」です。


作中では、前田案山子が「老隠居」、
次女の卓(ツナ)が「那美さん」として登場し、
前田家別邸は「那古井の宿」、前田家は「志保田家」、
前田家別邸の庭池を「鏡が池」、
本邸は「白壁の家」と書き、小天を「那古井」という
架空の地名で描いています。

前田案山子

前田 案山子(かがし)

前田卓

前田 卓(つな)

那古井館は、戦後、漱石の言葉にちなみ、
小天の温泉宿であった田尻旅館を
那古井館と改名し現在に至っています。

大正初期の那古井館(旧田尻旅館)